−リハーサルは順調ですか?
まだ始まったばかりだけど、智子の踊りはもう完成しているわ。彼女はこの夏スペインで私と一緒に過ごしていたの。そこで振付けを終え、日本に持ち帰って練習したのね。今回来てみたらもう素晴らしい出来になっていたのよ。あとは、2人のカンタオールとギタリスタで歌や音楽をつけていくことぐらいだけど、彼らは長年のキャリアをもつ素晴らしいアーティスト達だから、その場面を一目見ただけで大丈夫。全く問題なしね。
−では、今はとても満足していらっしゃいますね。
もちろん!それに何と言っても、今、自分が日本にいるということがとても嬉しいわ。日本に来たのは4年ぶり、初来日は1974年の大阪。それ以来、日本が大好き。日本食も口に合うし、街に出てもすべてが心地よく感じるの。きっと前世のどこかで、私は日本人だったのだと思うわ。これはお世辞じゃないわよ(笑)。それに、日本の皆さんの心遣いは見事で、とても大事にしてもらっています。皆、礼儀正しいし、ちょっとした感謝の表し方や挨拶、どれをとっても素晴らしい。嫌いなところは思いつかないけど、あ、一つだけあった!それは、スペインから遠すぎることね。
−初めて石井智子さんに会ったときの印象はいかがでしたか?
もう随分昔のことになるけど、とても感じが良くて、それに背が高くてスタイルがとても西洋的だったのにも驚いたわ。そして彼女の踊り。エレガントな美しさはその当時から備え持っていたわね。動きのひとつひとつがとても優美でね。
ファン・レイナから「いい子がいるんだよ。美人なだけじゃなくて、踊りがとてもエレガントなんだ」と言われ、是非会ってみたいと思ったの。知り合ってすぐにとても仲良くなって、以来スペインに来る度に私に会いにきてくれたの。そして、もちろん踊りの振付けもしたりと、常に彼女とはいい関係が続いてきたのよ。
−では、この公演の話を聞いたときはどうでしたか?
とってもうれしかったわよ。彼女が電話をくれて、すぐに『Si(=Yes)!』と返事したわ。私に任せてって。それに、また大好きな日本に行けるというのも嬉しかったし。
−貴女はバタ・デ・コーラの名手として、とても有名ですが。
ええ、でも、今回は智子にそれを譲るわ。だって、この公演は智子のものなの。実現までにしてきた彼女の努力、金銭面も含めて、全責任を負って彼女自身が頑張ってここまできたの。だから、彼女こそ全ての賞賛をうけるに値すると思うの。私達は皆で彼女を盛り上げて、彼女にとって最高の日にしてあげたいと心から思っているわ。
−バイラオーラがバタ・デ・コーラの衣装で踊る時、まるでバタが生きているかのように見えるときと、ただ単にそれを着て踊っているだけのときがあるのですが、比較してその違いはどこから来ると思いますか?
ただバタを動かすだけなら、バタを動かすテクニックさえあれば誰にでもできること。だけど、バタに生命を吹き込み共に踊るには、踊り手自身が『アルテ(=芸術性)』を持ち、自分の持つ「アルテ」を、バタを使って表現するというテクニックが必要なの。智子はその「アルテ」を身につけていて、さらにこの非常に難しいテクニックをも自分のものにできた素晴らしい踊り手よ。バタ自体はただの布。そこにアレグリア(歓び)を与え、命を与えるのは、それを身につけて踊るあなた自身なの。
もう一つ大事な事は、バタ自体がよく出来たものであること。布のカットの仕方、縫いつけ方によっては、どんなに優れたテクニックをもった人でもうまく舞う事は出来ないの。だから、完璧なバタでの舞踊を実現するには、バタの出来というのは必要不可欠な条件ね。
−今回の公演の中で一番気に入っている場面は?
全部ね。それぞれがまるでアバニコ(扇)の骨組みの一本一本のようなもので、その全てで一つの素晴らしい作品を創り上げているのよ。グアヒーラ、マラゲーニャ、ペテネーラ、智子のソレア等、各曲に“特別な何か”が込められているの。公演の1時間半で、フラメンコの様々な曲種もたっぷり楽しめると思うわ。
−最後に日本のフラメンコファンに一言。
いつも言っている事だけど、いつまでも今の勤勉さをもって変わらないで欲しい。そうすれば、きっとどんな夢だって叶うわよ!
取材・文 M A K I K O |