メッセージをいただきました。<名前をクリックすると追悼文をご覧いただけます>
スペイン留学中に、通っていたアモール・デ・ディオスで傍らを通り過ぎるアントニオ・ガデスを見た時のことを今でも覚えています。それほど背が高いという印象はありませんが、手足が長くて姿勢が良く、とにかく格好良かった。フラメンコに興味を持ってスペイン留学を果たした私ですが、ガデスを間近に見て、ますますフラメンコを好きになったことは間違いありません。
60年代から70年代にかけては、ガデスをはじめ、ラファエル・デ・コルドバ、マリオ・マジャら錚々たる男性舞踊手が舞踊団を結成して、世界で活躍していました。胸高のズボンを穿いた、格好いい男性の格好いい踊り。それは他ジャンルの踊りには見られない魅力に満ちており、私はこれらのトラディショナルな香りに満ちた男性アーティストに憧れてフラメンコを始めたといっても過言ではありません。多くの舞台や映画を観ましたが、特に印象に残っているのが、「バルセロナ物語」の中で、水の撒かれた道路でガデスが踊るシーン。素晴らしい男っぷりでした。
ガデスはヒターノではありませんが、若いころからフラメンコの修練を積み、それらをアートとして自らのものとしていった。やがて舞台芸術としてのフラメンコを世界的に広め、高めていった功績には絶大なものがあります。
「ガデスの舞台はフラメンコではない」という声もありましたが、彼がバレエ・ナショナルを率いた時、パコ・フェルナンデスはすでにガデスのフラメンコに対する厳しい姿勢と強い意志、そして真摯な気持ちを絶賛していました。ガデスが目指したものは、紛れもなくフラメンコとしての舞台。さまざまな規制を踏まえた上で、舞台芸術としてのフラメンコを成功に導いたのです。グラン・アントニオや、最近ではアイーダ・ゴメスといった優れた振付家たちがバレエ・ナショナルを指揮していますが、ガデスの時代はより強くフラメンコを志向していたのだと私は思います。
ガデスは自分の舞踊団に多くの優れた踊り手を連れてきて、私たちを楽しませてくれました。まだフラメンコを始めて間もない頃でしたが、太めの女性の素晴らしい踊りを見て感激しました。後で彼女こそ偉大な女性舞踊手、カルメン・モーラと知ってびっくり。フラメンコはいろいろな個性が生かせて素敵だなと、改めて感じました。
(フラメンコ舞踊家)
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